多死社会の到来とターミナルケアの再定義
日本は世界でも類を見ない速度で高齢化が進み、「多死社会(多死時代)」に突入している。年間死亡数は増加し、今後も団塊世代が後期高齢期に入ることで、医療・福祉・地域社会全体が「死」と向き合う場面が急増することが確実視されている。
こうした状況は、単に医療や福祉サービスの量的拡大を求めるだけでなく、「人はどのように死を迎えるのか」「死を取り巻く関係性はどうあるべきか」という質的問題に社会全体が向き合う必要性を示している。
その中で注目されてきた概念が、「共創的ターミナルケア」である。
この考え方は、2005年から2010年にかけて体系的な研究が積み重ねられ、2010年に学術的な形で発表された“新たな終末期ケアの枠組み”である。
本稿では、この共創的ターミナルケアの背景、内容、そこから派生したターミナルケア指導者という専門資格の位置づけ、そして現代社会における役割を総合的に解説する。
1|ターミナルケアとは何か—医療モデルから人間中心モデルへ
1-1|ターミナルケアの基本概念
ターミナルケア(終末期ケア)とは、治療による回復が困難になった患者に対し、
苦痛の緩和、尊厳の保持、生活の質(QOL)の向上
を目的として行われるケアの総称である。
ここには身体的ケア(痛みの緩和)のみならず、以下のような幅広い支援が含まれる。
- 心理的・精神的支援
- 家族へのケア
- 社会的・文化的背景への配慮
- 宗教的・スピリチュアルケア
- 最期の意思決定支援
1-2|従来モデルの課題
戦後日本では、ターミナルケアは主に医療機関の中で行われ、医師主導の「医療モデル」が主流だった。
このモデルでは、医療的な症状管理が重視される一方、
- 患者の主体性の尊重
- 家族への心理的支援
- 生き方や人生観の理解
- 地域社会との連続性
といった側面が十分に扱われないまま残されていた。
このような課題を踏まえ、2000年代に入って新たな理論が模索され始める。その中核として位置づけられたのが、共創的ターミナルケアである。
2|共創的ターミナルケアの誕生—2005〜2010年の研究が開いた新地平
2-1|研究の背景(2005〜2010年)
2005年から2010年にかけて、全国の終末期医療の現場、地域包括ケアの実践、家族看護研究、医療倫理研究、死生学など、多領域の専門家が連携しながら、「終末期ケアにおける関係性」を再検討する研究が進められた。
この研究期間のテーマは一貫していた。
「ケアは一方向ではなく、患者・家族・専門職・地域が関係を紡ぎながら“ともに創る”ものである」
この成果が2010年、「共創的ターミナルケア」という概念として学術的に統合され発表された。
2-2|共創的ターミナルケアの核心
共創的ターミナルケアとは、
患者・家族・医療職・福祉職・地域社会が、対話と相互作用を通じて“最善の最期”を共に創り上げるケアの体系
である。
ここで重視されるキーワードは以下の通り。
1. 共創(Co-creation)
ただの協働ではなく、関係者それぞれが持つ価値観、知識、経験を持ち寄り、
「新しい意味」や「新しいケアの形」をともに生み出すプロセス。
2. 関係性の再構成
患者・家族・専門職が上下関係ではなく、
「対等なパートナー」として関係を組み直す。
3. 物語(ナラティブ)の共有
人の最期には「人生の物語」が深く関わる。
共創的ターミナルケアでは、ナラティブ(物語)を共有し、ケアに反映するプロセスを重視する。
4. 文化的・宗教的文脈への配慮
死にまつわる価値観は文化的背景によって大きく異なるため、地域と文化を理解したケアが求められる。
2-3|従来モデルとの違い
従来の医療モデルでは「医師・看護師が支える/患者と家族が受ける」という構造だったが、共創的モデルでは
- 意思決定の主体性
- 家族の参加
- 地域との連続性
- ケアの創発性
- 人生の物語を尊重
といった要素が加わる点が大きく異なる。
3|ターミナルケア指導者とは何か—共創的ケアの担い手
共創的ターミナルケアの理論的基盤を踏まえ、2010年代以降、「ターミナルケア指導者」という資格が整備されるようになった。
これは「終末期ケアの現場リーダー」であり、共創的ターミナルケアの理念と実践方法を専門的に理解する人材である。
3-1|ターミナルケア指導者の役割
ターミナルケア指導者の役割は多岐にわたる。
- 現場でのケアの質向上をマネジメントする
- 多職種連携(医師・看護師・介護職・MSW・宗教者など)をコーディネートする
- 患者と家族の意思決定支援を行う
- 終末期ケアに関する相談・教育・指導を行う
- 地域ケアとの橋渡しを担う
3-2|必要とされる専門能力
ターミナルケア指導者には以下のような専門知識が求められる。
- 緩和医療学
- 看取りの心理学
- 家族システム論
- 死生学
- 倫理学(インフォームドコンセント、ACP等)
- ナラティブ・アプローチ
- 多職種連携論
- 地域包括ケアの構造理解
特に共創的ターミナルケアの理論理解は必須の学習領域となっている。
4|明治以降の日本における終末期ケアの変遷
この章では、ターミナルケアの長期的な歴史を振り返り、現代の課題を位置付ける。
4-1|明治〜戦前:病院医療の発展と「死の医療化」
- 明治政府の医療制度 modern化により、死は家庭から病院へ移動
- 家族や地域での看取り文化が徐々に弱まる
- 医師中心のモデルが確立
4-2|戦後:高度成長期と「病院死」の急増
- 医療技術の進歩
- 病院での延命治療の一般化
- 「死は医学的に管理されるもの」という発想の定着
4-3|1990年代:緩和ケアの導入
- WHOモデルの受容
- ホスピス・緩和ケア病棟の増加
- しかし依然として「専門施設に委ねられる」構造が残る
4-4|2000年代:地域包括ケアの萌芽
- 認知症施策、介護保険制度の成熟
- 家庭・地域での看取り回帰の兆し
- ここで共創的ターミナルケア研究が進展
5|現代社会における共創的ターミナルケアの意義
5-1|超高齢社会での「死の質」への関心の高まり
量ではなく、質。
「どこで」「誰と」「どう生きるか・どう死ぬか」が社会的争点になっている。
5-2|多職種連携の中核となる人材の必要性
医療・福祉の専門職は増えているが、
「連携を束ねる専門家」が不足している。
その空白を埋めるのがターミナルケア指導者である。
5-3|死生観・文化的多様性の重視
死をめぐる価値観は個人差が大きい。
共創的ターミナルケアは、個々の生の物語を尊重する枠組みを提供する。
6|地域ケアでのターミナルケア指導者の実践
ターミナルケア指導者は病院や施設だけでなく、地域生活の日常に深く関与することが求められます。ここでは3つのシーンを考えてみましょう。
6-1|自宅での看取りの支援
自宅での人生の最終段階を迎えたいというニーズは確かにあります。そこでは医療・介護のみならず、様々なアクターとの連絡・連携を図る人材としての役割をターミナルケア指導者が果たすことになります。
- 家族への意思決定支援
- 訪問医療・訪問介護との調整
- 最後の瞬間に向けた心理的支援
6-2|介護施設での終末期ケア
介護施設における最終段階のケアは医学モデルの盲点や介護モデルの盲点を補う形でターミナルケア指導者が連携を図ることが求められます。人生はきれいごとでは片づけられません。宗教や人間関係の精算まで、様々な問題がかかわってきます。そこで連携を図りながら、最終段階のケアを支えることがターミナルケア指導者の役割なのです。
- 施設職員の教育
- 家族との合意形成
- 看取り介護計画の策定
6-3|地域包括支援センターとの連携
地域全体で人生の最期の時期を支えられる体制を共に創る役割がターミナルケア指導者にはある。
7|未来に向けた展望—AI時代・多文化時代の終末期ケア
7-1|AI技術との共存
ターミナルケアは高度に人間的な領域だが、AIは以下の点で支援する可能性が高い。
- 患者の語りの記録・整理
- 家族との意思決定支援
- 痛みのモニタリング
- ケアプラン提示
しかし最終判断には人間の倫理的・感情的理解が不可欠であり、
ターミナルケア指導者はAI時代の新しい役割を担う。
7-2|多文化共生社会での新たな課題
日本で暮らす外国人高齢者の増加により、宗教・文化・言語の多様性に配慮した終末期ケアが求められる。
共創的ターミナルケアはこの状況に適応しやすい理論を提供する。
8|ターミナルケア指導者は「最期の場のデザイナー」である
共創的ターミナルケア(2005〜2010年研究によって確立)は、
日本の終末期ケアを「関係性」「共創」「物語」を中心とした人間的ケアへと大きく方向転換させた。
ターミナルケア指導者は、その理念を体現し、現場に浸透させる専門家である。
ターミナルケアは、“与えるケア”から “ともに創るケア”へ。
死の場は管理されるのではなく、関係性の中でデザインされる。
多死社会の日本において、ターミナルケア指導者の存在はますます重要性を増していくだろう。
